フォトセッション 路地裏



下諏訪は中山道と甲州街道の交わる旧宿場として有名であるが、下諏訪宿の成立は江戸幕府が開府した後、五街道を整備したときに造成された、当時の新興地である。ではそれ以前の町はどこかというと、今の下の原や山田地区あたりが街としては非常に古いようだ。下の原地区に、旧中仙道と平行するように走る細い路があるが実は平安時代あたりからある古道のようだ。その両脇は実に立派な旧家が並ぶが、その町並みからは伝統の気概のようなものを感じる。この路の脇にひとつの蔵があるが、ふとその軒をみると、何故か兎のつくりモノが居る。それは実に何とも洒落たつくりで、あたかも月を見ているようにもみえるのだが、これもこの町に住んできた人達の、粋のひとつなのだろうか。
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# by mash4488 | 2006-07-14 14:50 | 写真

番台

諏訪大社 秋宮から少し旧中仙道を春宮の方へ行く。すると旧道は突然坂になる。この坂は湯田坂というが、ここを下った辺りには今も一軒の温泉銭湯と何軒かの温泉宿が軒を並べている。その一軒の銭湯は『旦過の湯』というが、ここはこの辺りの湯元でもある。昔にくらべると生活習慣の変化で近隣の家にお風呂があるようになり、日常の入湯客数が減っていることから、下諏訪の温泉銭湯は経営が苦しいようであるが、実はそれが『不幸中の幸い』などというと怒られるかもしれないが、よそ者からすると、今も『正しい銭湯が奇跡的にきちんと残っているのだ。筆で金文字でガラスに『男・女』と書いたガラス戸、番台、牛乳の自販機(もちろんビン、フルーツ有)・・・・。でも、ここののお湯に入るときにはひとつだけ注意点がある。とても熱いので、20秒も入れないのである。まさに源泉仕様で、もちろんかけ流し。確かに熱いが汗がさっと引くのが特長の湯で、夏の暑い時期にはさっぱりである。お出かけの時にはタオルをお持ちくださいませ。
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# by mash4488 | 2006-07-13 16:22 | 写真

路傍の石~馬場道

信州は平安時代、朝廷直轄の馬の生産地であったことから、今も自分の住む地区を『牧(まき)』と呼ぶ習慣が残っている。信州人が馬食を好むこともおそらくこの頃からではないかと言われている。下諏訪には今も『馬場』と呼ぶ地区があり、諏訪大社 秋宮参道からその辺りへ抜ける小路を『馬場道』と言われている。この『馬場』は、鎌倉時代の流鏑馬(騎乗しての弓での的当て)の練習場の跡と伝えられているが、そのエリアはおおよそ200mくらいの長さの長方形の土地であったようだ。この『馬場』も今は住宅街に飲み込まれてしまってはいるが、馬場の四隅を示す大きな石だけが何気なく路地の片隅に座しているのだ。それらは、字無で、その言われを教えてもらわなければ絶対に分からない様な、何でもない路傍の石なのであるが、何百年もの間、それを誰も動かさなかったことに、素直の驚くしかない。
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# by mash4488 | 2006-07-09 16:28

七つ蔵

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表通りが晴れ(ハレ)とすれば、
路地は褻(け)の空間である。
この写真を見ていて
ある旧家の主人が僕につぶやいていた言葉を思い出した。
『人には何か堂々と表を歩けないときってあるよね、
別に堂々としていればよいことなのに、
心の中のはずかしさ、疾しさがあって
何か人にあいたくないなあ、見られたないなあというときに、
裏木戸から抜け出てこっそり歩いて行くのが路地なのだから、
路地裏をゾロゾロと観光マップ片手に歩いて欲しくないなあ、
何か自分の恥ずかしいところをみられているみたいで・・・・』
路地は単なる抜け道ではなくて
家々の裏に繋がるプライベートな生活の空間でもあるのだ。

【路地裏】 --フォトセッション--  のテーマ元。
URL: http://www.menuetto.net/blog/keaji/archives/2006/06/post_207.html
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# by mash4488 | 2006-07-07 10:06


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